7月4日(土)、この日から

『100年に一度の不況』という言葉をどれだけ耳にしても、自分には全く関係ない

太くぶれない人生を送るためのエネルギーを受け取ってください。

あなたは夢に生きていますか?

こんにちは。 今回のトークライブを企画・プロデュースさせていただいて おりますジーニアスファクトリー株式会社代表取締役の 高城永地と申します。

今回、奇跡的に本当にありえないような方たちに集まって頂きました。

このありえない3人を私は【隊長】【院長】【所長】と呼んでいます。
なぜ、ありえない人たちかというと、

【隊長】は世界を股にかける成功冒険者であり、
【院長】はリアル版 Dr.コトーであり、
【所長】は人脈術の天才


とそれぞれがそれぞれの道で成功をおさめていて、とそれぞれがそれぞれの道で成功をおさめていて、 ひとりひとりが単独で講演会を開催できる程の人たちということもあるのですが、
その理由についてはまた後ほど説明します。

【隊長】【院長】【所長】は、毎日の自分の仕事に対し、 本当に情熱を持って打ち込み、ぶれなく自分の人生という物語をエキサイティングに生きている人たちです。 夢をまっしぐらに生きている人たちなのです。

今私の話を読んでいるあなたはいかかでしょうか?

あなたは自分がどんな状況に置かれてもワクワク、エキサイティングな毎日を過ごせますか?

あなたは仮に『100年に1度の大不況』と言われる今より10倍の『1000年に1度の大不況』が来ても不安なく自分をぶれなく楽しく生きていける自信がありますか?

あなたはたった今でも現在進行形で自分の夢に生きていると断言できますか?

もし、あなたが何時如何なる時でも、自分をもっとぶれなく、もっとエキサイティングに もっと自分の夢に生きていきたいと思うのだったら、
是非ここから先を読んでください。

そして、どうして自分の夢に生きて毎日の仕事に情熱を持ち打ち込んでいる【隊長】【院長】【所長】が仕事を休んでまで、 あなたのために集まってくれたのかもここから先お話します。ぜひ真剣に聞いてもらえたら嬉しいです。

それではいってみましょう。

感動がなければ、旅も仕事もおもしろくない。
冒険がなければ、人生もつまらない。

著書 感動を売る!「人とお金が集まる仕事術」より

中村伸一隊長 (株)エクスプローラ「地球探検隊」代表取締役隊長

1961年東京生まれ。観光専門学校卒業後、旅行会社で国際体験プログラムを担当。87年に3ヵ月の海外放浪の旅に出る。96年に(株)エクスプローラを設立。【地球探検隊】のブランド名で世界各国の「多国籍冒険ツアー」の予約・販売をしている。

旅のコンセプトは「世界を遊び場に仲間をつくろう!」で、【大人の修学旅行】など大手旅行会社と差別化したユニークな企画で多くのリピーター客をつかんでいる。

渡航国は50ヵ国以上の「旅のプロ」で、メールマガジン、ブログの執筆、講演活動等も精力的に行なっている。著書に『感動が共感に変わる!』(こう書房)、『感動を売る!「人とお金」が集まる仕事術』(ナツメ社)、監修に「世界の仲間と旅する本。」(木楽舎)がある。

どんな仕事でも、どう取り組むかで変わる

俺の場合、「中村隊長は旅行が趣味なのですか?」と聞かれることが多いんだよ。 旅好きだから、この仕事をしていると思われているようだけど、現実は違う。

旅行代理店に入ったのだって、就職活動をして落ちまくって、たまたま拾ってくれた会社で、 少しでも自分が楽しく仕事をしたいと思って、環境を変えていこうと、目の前の仕事 を一所懸命していたら、いつの間にか好きになっていた。

「仕事が趣味になった」と言ったほうがあっていると思う。

本を読んだ方から

本にも書いてあるけれど、「給料ゼロ」「朝から晩まで仕事」「起業時のトラブル」などを、読んだ方から「苦労しましたね」とか言われるけれど、自分では苦労したと思っていないんだよ。 好きな仕事がやれて、まったく苦労したという感覚もないのです。

天職を育てていますか

最近よく、天職を見つけるとか話題になるけれど、自分の経験から天職は探すものでなく 育てるものだと思っている。だから、どんな職業・職種でも、どう取り組むかで違ってくると思う。

自分を知ることと、天職を育てることが大切だと思いますね。

当日、会場では世界中を旅して、今までに10000人と冒険をしてきた中村隊長の経験から、 感動する仕事、天職の育て方を学んでください。

"いい人生やった"その一言のために、病ではなく人を診る

『NHKプロフェッショナル仕事の流儀』2009年1月13日出演時

中村伸一院長 国民健康保険 名田庄診療所 院長

村人3000人の村の名田庄の医師として17年間が経ちました。村人は口をそろえ、「中村先生以外は、考えられません」と。

症状や痛みを抑える治療がすべてでなく、人生の質を向上させるために、楽しみ、患者さんの意志を尊重しています。医師であり、家族のように大切な人を思いやる気持ちで村人に接しています。深い思いやりと、温かさのエネルギーにあふれています。

ですが、村に赴任をした時、中村所長は「村人のために」という気持ちは薄かったと言います。村に医師として赴任をしたきっかけは、卒業後、へき地に勤務しなければならない義務からでした。義務で赴任をした村で、どんなことがあり、村人とともに生きる決断をしたのか。本人の口からお話して頂きます。

ブラックジャックに憧れて、医学部受験

崇高な理由で医師を目指していたわけではありません。手塚治虫先生のマンガ、ブラックジャックのファンで、ノリで医学部を受験しました。ノリで受験をしたためか、受験に失敗しました。この時相当悔しくて、そこから真剣に意地になって医学部になんとしても入ってやる!!と勉強を始めました。

二浪の末、入学

結果二浪をして自治医科大学・医学部に入学をします。入学をした大学では、卒業後、出身都道府県の職員となり、9年間は地域医療に従事することになっていました。

当時の気持ちを正直にお話すると、地域医療への情熱は希薄でした。入学した大学の制度に従って、地域医療を行ったというのが、当時の正直な気持ちです。

9年間の地域医療従事で

大学を卒業したのが、平成元年。最初の2年間は福井県立病院という、県内で一番大きな病院に勤務しました。院内で色々な科を回り研修を受けました。この院内での経験をするなかで、「腕のいい外科医師を目指したい」と目標ができました。

平成3年に、医師ひとりで勤務する名田庄診療所に派遣をされました。赴任した当初、焦りと不安で一杯でした

焦りは、外科医として一流になるのに、大病院にいる医師から遅れてしまうこと。不安は、自分ひとりで日夜村人3000人の健康問題を背負わなければならないことでした。

村人に育てられた

こんな焦りと不安を抱えていた医師でしたから、村の人こそ「大丈夫かな」と不安を感じていたかもしれません。ですが、私は村の人に育てられたと、すべての出来事をそう感じることができました。村の人の心の広さ、温かさがありました。

お恥ずかしい話ですが、自分の処方した薬、治療よりも、大病院へ行き処方してもらった薬、治療に効果があると、しばらくして治療を受けに来た時に「先生向こうの病院で、○○病と言われて、この薬で治ったから、今度からこれ出して」と言ってくるのです。

普通であれば、治った病院へ通うでしょうが、村というコミュニティーの中であればこうしたことがあります。そうして、病気だけを診るのでなく、人を継続的に診断できることで確実に治療効果、その人の回復ぶりを知ることができました。

自分は、村の人に育てられた医師です。足が不自由で、片足を引きずりながら、「リハビリだよ」と言い、診療所へ通ってくれる高齢の男性。こうして自分を医師として、「先生」と信頼をしてくれる村の人を診ているうちに、「この人たちのために医師として何ができるか」と少しずつ考えるようになりました。

ですが、この時は「医師として小さな診療所でも腕が磨ける」という、医師としての経験が積めることへの喜びのほうが大きかったです。経験を積み、研修、独学で知識、技術を習得して、早期がんの発見もできるようになり、周囲の医療機関からも評価を受けました。住民から信頼をされると、口コミで患者さんも増えていきました。自宅での最期を看取ることも多く経験していきました。

この村に骨を埋める決意をした出来事

こうして、医師としての経験を積んでいきました。ですが、まだ村に骨を埋めるという決意までは出来ていませんでした。ある日ひとりの患者さんを診た時、ある出来事があって、自分の中で村に骨を埋める決意をしました。

このとき実は、患者さんの命に関わるような誤診をしてしまい、自分は医師を辞めなければいけない。と、心理的に追い込まれました。ですが、自分の追い込まれた苦しみを救ってくれたのは、村人の思いやりでした。当日、会場でこの医師としてのターニングポイントをお話します。

医師を選んだキッカケ、地域医療への関わりから骨を埋めるまでの決意、当日これらのお話ができればと思います。

プロフェッショナル仕事の流儀では話せなかったことも、 当日お話ししたいと思います。

大好きな場所で、自分のやりたい仕事を

中村伸一所長 やまぐち総合研究所 ビジネスプロデューサー

サラリーマンとして優秀なキャリアを積み、IT分野で独立。 独立後、経営コンサルタントになる夢をかなえたく、IT会 社を退社し経営コンサルタントとして独立。 創業理念を人脈開放宣言として、 「自分の人脈を開放することによって、新しい人脈が生まれ活かせる。

新しくプロジェクト(事業)を起こしたい時は、まずは、自分の人脈を開放せよ!!」と、様々な起業を支援。 地元メディアでコメンテーターを務め、ビジネスプロデューサーとして幅広く活動。

なぜ、山口県でコンサルタントを始めたのか

「中村さんはどうして山口県でコンサルタントをしているの?」と、質問をされます。コンサル事業の需要を考えると、 都市部で行ったほうが仕事はあるからだと思います。

こうした質問には、いつも決まった返答をします。それは、「山口県が大好きだから」になります。 コンサルタントは自分の夢だからです。

自分の大好きな山口県で自分の夢である、コンサルタントとして起業をしました。 自分からすると、叶えたい夢をしっかり叶えています。

自分が嫌で仕方がない時期がありました

高校時代に、ビジネスをアドバイスする仕事をしたいと思うようになりました。具体的にコンサルタントと仕事を決めていたわけでなく、「ビジネスをアドバイスする」仕事がしたいと思いがあり、自分の方向性を決める時も、この考えが軸になっていました。

30歳を迎える前に、なにか自分が嫌で仕方ない時期がありました。こうした時に、異業種交流会に参加をしました。この異業種交流会がターニングポイントになりました。

異業種交流会で学んだ、「人の縁」が刺激になり、自分の夢の実現に行動を始めました。こうして自分の夢を実現するために勇気をもって会社を辞めました。

13年前から情報発信をしてきたことが

地方というコンサルタントとしては、不利な条件でしたが、自分は積極的に情報発信をすることで、 自分や会社をアピールしてきました。地元テレビ、新聞などのメディアへの露出も積極的に行ってきました。 その結果、山口県で唯一、ファーストリーディング社(ユニクロ)と顧問契約を結んでいました。

若者に大切にして欲しい5つの要素

100年に一度の不況と暗くなるニュースが多いですが、夢(目標)、勇気、出会い、 ターニングポイント(チャンス)、楽しむことを大切にして欲しいです。

決断をするときに、勇気がいることもあります。そんなとき、この5つを大切に考えて行動すれば必ずチャンスが訪れます。

ビジネスの現場で、この5つが、どう関係しているのかをお話します。

どんな環境からでも、中村伸一【隊長】のように
チャレンジできるワクワクもりもり
元気になれる方法とは?

講師の中村氏は、3名とも夢を描き、すんなり実現したわけではありません。 中村隊長は、自身の著書でも、就職をした自分を「人生の目的も、将来の夢もないサラリーマンだった」と書いています。給料ゼロの期間もあっても、理不尽な環境でも楽しんでいました。 自分軸でハッピーになる。仕事は手を抜く方が疲れる。と言う、中村隊長の人を感動させる仕事の考え方に基づいた体験談は、あなたの仕事への情熱と人生の輝きにつながります。

こうした経験を通じて中村隊長が、「世界を遊び場にして仲間を作ろう!」と、参加をしている隊員さんに感動を与え続けるツアーを生み出している秘訣を知ることができるはずです。 あなたも、世界を遊び場に旅をして、仲間を作ると聞くだけで、ワクワクしてきませんか?中村隊長から、お客さんに感動を売るエネルギーとその方法を受け取ってください。

なぜ中村伸一【院長】は村人から
命を任される程、信頼されているのか?

中村院長は、最初から地域医療を志していなかったそうです。難手術をこなす外科医にあこがれていて、村に赴任してからもしばらくはその夢を引きずっていました。ですが、ある出来事とたった一言 から、村の医師となる決意をしました。その決意から17年が過ぎ、村人は「中村先生以外は、考えられない」と、絶大な信頼を得ています。

中村院長の医療方針を学ぼうと、全国の医療機関から学びに訪れています。理想の医療を実現していると言われています。 命と医療、村人の人生の質と向き合い、村人のために医師として活動をされています。

中村院長は、入院や施設へ入らなければいけない状態の人でも「最後まで家で家族と暮らしたい」という意志を尊重し、訪問介護と組織作り、さらには行政を動かして、名田庄村では自宅で最期を迎える人が4割になっています。この数値は全国平均の3倍になります。 今までに、あなたの身近な人が入院、病気をした時どんな気持ちでしたか?病気でなく、人を診る。 人生の質を向上させる、命の現場にいる中村伸一院長のお話から命とは何か、天職とは何かを感じてください。

中村伸一【所長】のローカルな地方地域で
成功するための人脈術とは?

中村伸一所長は、1988年バブルの頃、中国松下システム(株)に入社。業務用パソコンとPOSシステムの営業を担当。入社2年目に、業務用パソコンソフト販売コンテストで全国1位となり松下電器産業(株)より表彰。入社8年目に、売上げ利益とも実績をつくり社長賞を受賞するものの、目標であった経営コンサルタントを目指そうと、思い切って退社。

自分自身の見直しや将来への準備に丸1年充てる。その間、財務会計の勉強、異業種交流会へ参加しての人脈づくりに励む。コンサルタントへの近道として税理士事務所への就職を目指し就職活動を行うも成果が出ずに断念。リスクコンサルタントという言葉に魅了され、東京海上火災保険(株)の研修生となる。

研修生時代に、パソコンやインターネットに詳しい人達と知り合い、いつのまにか会社をおこすことになる。(32歳の時)

1998年、友人3名とIT関連事業を行うキャスト(株)を設立。取締役として2年経過したあと、同社の代表取締役を5年間つとめる。山口県のITベンチャー企業の先駆者として奔走する中、テレビ山口(株)、(株)エフエム山口との共同事業として全国でも初となるメディアミックス地域ポータルサイト「山口生活情報サイト y-wave.com」を立上げる。など、素晴らしい実績を達成しながら、現在は自身の夢である経営コンサルタントとして成功されています。

成功するためには、人脈が必要とありますが、多くの起業家を支援してこられた 中村所長の人脈術と日々の仕事で成果を出すためにはどのようなことが必要かを学んでください。ビジネスに直結した現場の情報です。トークライブ参加後、すぐに活用できる情報です。

自分の仕事を天職にする

中村隊長は、世界を仲間と旅をして世界を飛び回っているか、講演活動に日本を飛び回っています。中村院長は、福井県名田庄村で、医師として毎日忙しく仕事をされています。中村院長が東京にいる間、村の方は医療が受けられない状況になってしまうのです。中村所長も、地元で、起業支援とコンサル活動に多忙な日々です。

しかし、その状況下においてでも、 多忙な3人の中村伸一氏は、「自分の経験が役に立つなら、お話します」と快く出演を快諾してくれ、今回のトークライブが実現しました。

冒険家、医師、経営コンサルタント・・・ 一見するとまったく違う職業の3人に見えるかも知れません。

しかし、3人に共通するのは、常に人に勇気を与え、楽しみを提供してきたプロフェッショナルであるということです。

3人はそれぞれ自分の仕事に誇りを持ち、今の仕事が天職だと語っています。 まったく同姓同名でありながら、まったく違う仕事をしているのにも関わらず、3人とも自分の仕事を天職だと語り、エネルギーに充ち溢れて日々を送っているのです。

人の数だけ生き方があり、生き方の数だけ天職があります。

もし、あなたが日々「不況、不況」と暗いニュースを聞いて不安になっているのなら、このトークライブをきっかけに、不安になるのをやめてください。

そして、何の迷いもなくまっすぐ未来を見据えるぶれないエネルギーと天職を見つけてほしいのです。

ライブだから伝えられること

書籍の出版、NHKプロフェッショナル仕事の流儀などでは、中村伸一さんの魅力の一部しか伝えられません。それは、3人に直接会い、お話をしていると、3人の違う魅力に引き込まれます。

中村隊長の本を読んで「いい本だ〜」と感動しましたし、中村院長のNHKに出演した放送も見て 診察中に笑い声の聞こえる診察室、笑顔で先生ありがとう。と言葉をかわすシーンを見て、こんなに信頼されているお医者さんがいるのだと感動しました。

また、コンサルタントの中村所長も「地方だから不利」でなく、大好きな場所でも夢だったコンサルタントをするために、「どうすればいいのか?」から事業に必要なものをすべて揃えて、ビジネスをしています。決して、不利な条件に諦めていません。こうしたお話は、本やテレビの中では伝えきれません。

仕事に誇りを持ち打ち込んでいる、素晴らしい人のエネルギーに触れてください。

特別チャリティートークライブ

2009年7月4日(土)3人の中村伸一講演会

場所:四谷区民ホール

大きい地図はこちら

日時:7月4日(土)11時〜16時

料金:無料

あなたがご満足いただいた金額を寄付してください。

定員:452名

もうお気づきですよね?

はい、その通りです。
今回のトークライブの講師3人が3人そろって中村伸一さんなのです。(笑) それだけでも笑えるのに、さらにそれぞれの中村伸一さんはまったく別の人生を歩み、それぞれがそれぞれの道で成功をおさめているのですから、笑えるのを通り越して、もうそれは感動なわけです。

人生は日々奇跡の連続です。
太陽が毎日東から昇り西に沈む、これだけでも相当奇跡です。

しかし、7月4日のトークライブには、それぞれ別の分野で成功をしている中村伸一さんが 一度に3人も集まるというまさにありえない奇跡のシンクロニシティトークライブなのです。

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100%満足保証です。

【隊長】【院長】【所長】の話は あなたの人生をより楽しく、ワクワクする ことに必ずお役にたてる内容です。

ですのであなたが満足いただいたら その分金額を 会場のチャリティ寄付箱にご入金ください。



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あなたは数年後どうなっていたいですか?

今回のトークライブは、やる気のある人を大勢集めて会場を盛り上げたいと考えています。 あなたのそばに一緒に夢を語ることができる友人がいれば、誘ってきてください。 「この3人が揃うことはない!」と、説得をしてください。仕事を休んでも来てもらうだけの価値は用意します。

そして、数ヶ月後、数年後、「2009年7月4日参加して、人生変わりました!」と報告をしてください。あなたが自分の夢をかなえた時、この日があったからだと感じるだけの内容を準備します。

私、高城も数年前までサラリーマンをしており、中には苦しい期間がありました。こうした経験をして、現在、その時の悩みを解決する企画、リスクが少ない起業塾、フランチャイズ事業、開催して欲しかった企画を自分で運営しています。この企画も私の夢のひとつです。参加者に喜んでもらい、感動を提供できるトークライブです。

トークライブに参加をして学ぶ行動をしてくれる方は、必ず自分の夢をかなえることができます。 当日会場でお会いできること楽しみにしています。

ジーニアスファクトリー株式会社
代表取締役CEO 高城永地


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追伸1

もし、あなたのまわりに「中村さん」、もしくは「伸一さん」、はたまた「中村伸一さん」がいらっしゃったら、ぜひぜひこのトークライブのことをお知らせしてあげてください(笑) きっとさらにさらに奇跡のシンクロニシティトークライブになると思います。

追伸2

最後に、あなたが今回なんらかの事情で参加できない・・・。でも、ここまでお手紙を読んで頂いたことに感謝しております。あなたの夢をかなえる勉強法というのがあります。それを最後に書きます。 夢をかなえる勉強法は、「まず今の仕事に役立つ勉強をする。3年後の自分に必要な勉強をする」ことです。

今の仕事は、仕事のスキル、資格を取るなどになります。3年後の自分に必要な勉強は、3年後の自分がどうなりたいのか、どうなっていたいのか?を考えて必要だと思われる勉強を始めます。 この2つの勉強をしてもらうことが、夢を叶える勉強法になります。

追伸3

最後に、行動をしないリスクがあるということも覚えておいてください。この手紙を読んでいる方にはいないですが、中には「何もしなければ、何も変わらないから大丈夫」という人もいます。自分の将来のために、役立つと感じたのであれば積極的に飛び込んでください。この講演会も、あなたの将来のエネルギーになるとお約束します。

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